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明星学苑報WEB版

理事長座談会

高校生の貴重な“海外体験”の場として注目される「国際ロータリー第2750地区青少年交換プログラム」に、明星高等学校から2名の生徒が参加し、1年間の派遣期間を終えて無事に帰国しました。
今回は、フランスから帰国した松島さんとベルギーから帰国した庄司さんの現地でのエピソードを交えながら、英語科の和田俊彦先生にもご参加いただき、明星中学高等学校が掲げる「国際理解教育」への取り組みにアプローチしました。


明星から2名の“親善大使”が選ばれる快挙
蔵多 1年間の海外での生活お疲れ様でした。異国での体験エピソードの数々をお聞きする前に、まずは和田先生から、国際ロータリーの青少年交換プログラム制度についてご説明いただけますか。
和田 国際ロータリーでは、地区ごとに毎年若者の国際理解の“架け橋”として、1年間の交換留学プログラムを実施しており、派遣された高校生は、一般家庭でホームステイをしながら現地の高校に通います。府中ロータリークラブは東京都などの国際ロータリー第2750地区に所属しています。第2750地区からは毎回8名前後の高校生が各国へ派遣されますが、2009年7月からの派遣メンバー8名のうち2名が本校の生徒でした。
蔵多 同じ学校から2名派遣されることは多いのですか。
和田 いいえ、4倍を超える厳しい選考もありますし、非常に稀な例だと思います。
蔵多 応募された生徒の学校名を見ても、かなり著名な進学校が並ぶなか、本校の生徒が同時に2名選ばれたのは快挙ですね。では、早速ですが、おふたりにお話をお聞きしましょう。まずは1年間の派遣期間を無事に終えての率直な感想を聞かせてください。
松島 とにかく充実した1年間でした。ただ戻って来た日本が、何となく1年前と違って感じるような、不思議な気持ちです。
庄司 私も母に「1年後は浦島太郎だよ」と送り出されましたが、本当にそんな気分です。自分も成長したつもりですが、日本の友達も1年で大人になったと感じます。
蔵多 そもそも国際ロータリーの青少年交換留学プログラム制度を知った経緯は何だったのですか。
庄司 父の仕事の関係で1歳から小学校入学前まで台湾のアメリカンスクールに通っていたのですが、そのときの楽しいイメージが残っていて、海外には強い関心がありました。それで中3の担任の先生に紹介された交換プログラムの説明会で、体験者のスピーチを聞いて感動し、「プログラムを経験すれば、この人たちのようになれるんだ」と思ったのがきっかけです。
松島 私は職員室前に貼り出されていたポスターで知りました。「小さな親善大使」という言葉に共感したのを覚えています。インターネットで詳細を調べ、1年間ホストファミリーの元でホームステイできる経験にも魅力を感じました。
蔵多 約4倍の倍率とのことですが、それをクリアして派遣メンバーに決まってからも大変らしいですね。
和田 派遣メンバーは出発の約1年前に確定しますが、そこから出発間際まで研修を受けることになっています。
蔵多 出発前に1年間も研修があるわけですね。研修はどのような内容ですか。
松島 基本的に1カ月に1回集合して、毎回出題されるテーマに沿ったスピーチを、時には英語で行います。そのスピーチの内容が稚拙だったり、練習不足だとスタッフやROTEX(過去にプログラムを経験した帰国学生)、同期生からご指南いただきます。
庄司 学校の試験と重なる時期はつらかったですね。どうしてもスピーチの内容に時間を割けられなくて、よくロータリアン(ロータリー会員)さんに怒られました。
蔵多 そんなに厳しかったのですか。
庄司 候補者選抜二次試験の面接では、質問に答えられなかったときに「勉強をやり直せ!」と怒鳴られました。泣き出しそうなのを必死で堪えて、「もう一度チャンスをください。」と返事をしたんです。後で聞くと、厳しく接することで私たちの反応を見る目的もあったようです。厳しい態度や指導には目的があります。それを経て、派遣が可能かを考えていただくんです。
松島 実際に試験で泣き出した人もいたそうですが、一年間の海外での生活に耐えられるかを吟味する試験なんです。
蔵多 なるほど。困難の度に泣き出すような人では「親善大使」の役目は務まらないということですね。


交流の大きな壁となる異文化と国民性
蔵多 松島さんがフランス、庄司さんがベルギーへ行かれましたが、派遣先はどのようにして決まるのですか。
庄司 基本的には希望を出して、その国への強い思いや適性なども加味されて決められます。ただ研修中は、各国へ行ったROTEXやいろいろな国からの留学生と話をする機会も豊富にあり、その話を聞く度に志望先が揺れるんです。「言葉」に興味があった私は、最終的にフランス語、オランダ語、ドイツ語と3つの公用語があるベルギーに関心を持ちました。
松島 私も最初はフィンランド、イタリア、ドイツだった希望先を、途中でドイツ、インド、フランスに変更しました。これは私の興味の対象が「哲学」にあったためです。哲学の視点からその国の人の「考え方」を知れば、異文化理解につながると思いました。
蔵多 実際の異文化での生活はいかがでしたか。
松島 私はフランスのパリ近郊の街で過ごしました。1年間で4軒のホストファミリーにお世話になるのですが、一番最初のホストファミリーが、実は昨年明星高校にフランスから留学していたソフィさんの家だったんです。
蔵多 それは偶然ですか。
松島 はい、全くの偶然です。ホストファミリーと何度か事前にメールで情報交換しているうちに分かったんです。
蔵多 そういう意味では親しみやすかったんじゃないですか。
松島 そうですね。日本に関心を持ってくれていましたし、とても家庭的な雰囲気でありがたかったです。
庄司 私はベルギーのフランス語圏のリエージュという街で過ごしました。現地では多くの人に「日本人はベルギーにどんな印象をもっている?」と質問されたことを覚えています。向こうの人は、自分たちがどうみられているのかを気にするみたいですね。
蔵多 庄司さんはベルギーの印象をどう答えたのですか。
庄司 「チョコレート、ワッフル、ビール」と答えると「やっぱり食べ物かあ」という反応でした(笑)。ベルギーは、言語が3つに分かれていることが要因なのか、かなり地元意識が強いですね。彼らにしてみれば、もっと自分の国というよりは“街”のことを知ってもらいたいようです。例えば、日本でも有名なベルギーワッフルには2種類あって、ブリュッセル風は細長くてフワフワした食感、もうひとつが私のいたリエージュ風で、丸くて網目模様でサクサクしています。日本で知られているのは、このリエージュ風なんです。
松島 逆にフランスの人に、日本の印象を聞くと「アニメ、マンガ」という答えが多かったです。
蔵多 今の時代はそのようですね。私も先日、フランスの大学生の案内を知人に頼まれた際、行きたい場所が有名なアニメショップであったり、マンガの展示会であったりして驚きました。
松島 でも最近はマンガを通じて、その奥にある日本文化に興味を示す人も増えているようです。フランスにもマンガで覚えて、「オハヨウ」と挨拶してくれる人がいました。
蔵多 ヨーロッパの人たちの印象はいかがでしたか。
松島 どの人も考えが明確で、他人にあまり関与しすぎない部分があります。最初は戸惑いましたが、これが“文化の違いかな”と思いました。
庄司 日本人と違って「個人主義」だと私も思いました。例えば仲の良い友人が困っていると、日本では積極的に助けようとしますが、向こうでは「彼女のためにならないから」と見守る感じです。
蔵多 そんな海外での生活で一番つらかったことは何でしたか。

松島 学校での友人関係ですね。ただでさえ言葉が通じないうえに、全体的に友人関係を築こうという考えが希薄なため、クラスになかなか溶け込めませんでした。
庄司 私も友人関係でかなり悩みました。クラス全体が私の存在に関心を示してくれなかった感じだったんです。最初は言葉の壁だと思いましたが、日常会話に慣れてからもその雰囲気は変わりません。一度、クラスでのレクリエーション行事が私にだけ知らされず、休講だと思ってひとり自習室で過ごした日もありました。
松島 日本は「私たち=集団」を大切にしますが、やはり向こうは「私=個」が中心なんです。どちらが良い悪いではなく、これが“文化”だと分かっていても、毎日の学校生活となると辛いと感じることもありました。結局、私はいろいろな人に相談した結果、クラスを変えてもらうことで、残りのフランスでの生活を楽しむことができました。
庄司 ちょうど同じ時期に同じような内容で悩んでいた松島さんと話をしました。クラスを変える松島さんの話も聞いたうえで、負けず嫌いな私は、このまま行けるところまで行こうと決心しました。結局は状況が良くなることなく日本に帰って来たのですが、自分なりに勉強も一生懸命にしたし、ベルギーの文化も理解したつもりです。何より精神的に強くなることができました。
和田 人間関係に悩んだ結果、ふたりが取った行動はまったく両極端でした。しかし、ふたりとも主体的に問題を解決した点では共通しています。そこにふたりが今回の留学で得られた成長を感じます。
蔵多 昔、日本の学校で英語を教えていた教師が学校を辞めてアメリカに渡ったとき、自分の英語が現地で通用せずにノイローゼになった話を聞いたことがあります。人間的に何かを確立した後ではなく、高校生という、まだ未完成の段階で異文化に触れることが大切なのかもしれません。たとえつらい経験であっても、それを今後の自分の人生に、大いに生かすことができるからです。明星学苑では「体験教育」の大切さを謳っていますが、今回の留学を通して「良い体験ができた」と前向きに考えているおふたりを心強く思います。


ヨーロッパと異なる日本人の宗教意識
蔵多 海外での生活を経て、自分自身で何か変わった部分は感じますか。
庄司 留学前は、両親の言動を「うるさいなあ」と感じることもありましたが、離れて暮らして、その有り難みが痛いほど分かりました。照れ臭かった「ありがとう」も今なら素直に言えそうです。
松島 精神的に強くなれたと思います。私は高3の夏からの留学だったので、高校の同級生は3月で卒業し、私ひとりだけ7月の卒業となりました。大学受験もみんなより1年遅れになりますが、全然焦る気持ちはありません。自分のやりたい道を進もうと、前向きに考えられるようになったのも留学の成果です。
蔵多 他にも日本との違いを感じたエピソードはありましたか。
松島 熱心なカトリック教徒のホストファミリーにお世話になったときは、私も日曜の朝に教会へ行きました。ちょうどイースター(復活祭)の時期と重なり、夜の教会にローソクの灯りだけで大勢の人が集まるという幻想的な雰囲気にも触れました。
庄司 私もキリスト教関連のイベントは、いろいろと楽しみました。ただ、日本人として宗教関係の話を海外の人とするのは難しいですね。ベルギーでも「どうしてキリスト教徒でもない日本人がクリスマスを祝うの?」や「どうして信仰と関係なく初詣に行くの?」など質問攻めにあい、相手を納得させるのには苦労しました。「親善大使」としてお互いの国際理解を果たすためには、日本について答えられないのは恥ずかしいこと。日本に関して質問されることをあらかじめ調べていて良かったです。
蔵多 海外の文化を理解する際、キリスト教など宗教への理解は避けて通れないテーマです。海外の学校には「宗教」の授業が普通にありますが、日本では専門の授業どころか、歴史の授業で少し触れる程度です。その差が国際理解の大きな壁になっている部分が確かにあります。日本人の宗教との関わり方を海外の人に伝えるのは難しく、庄司さんが困ったのも仕方のないこと。よく言われますが、やはり異文化交流には、まず自分の国の理解が大切なのですね。


今後も国際志向の生徒を育て続けるために
蔵多 明星中学高等学校では「国際理解」をめざした教育を推進されていますね。
和田 はい。国際理解につながる英語教育として、これまで成果を出してきた「多読」に加えて「多聴」も取り入れ、読むだけでなく聴く力の育成にも力を入れています。また米軍の横田基地との交流を、英語以外の授業にも広げました。特に、本校のプールでの交流が好評でした。また、今年は10名が参加しているカナダへのホームステイも、従来は明星の生徒だけが集まって英語の授業を受けていたものを、スペインの留学生と一緒に授業を受けられる体制を整え、より国際的な触れ合いを実現しています。ただ、まだまだ参加者限定の行事が多く、全員が国際的交流を体験することはできません。そのため各イベントへの参加者、特に今回の青少年交換プログラムのような行事に参加した松島さんと庄司さんには、在学生の前でそのエピソードを披露してもらい、貴重な異文化情報の共有化を行いたいと考えています。そしてそれらの成果を少しずつでも日々の授業に取り入れていくつもりです。
蔵多 さらなる積極的な取り組みに期待しています。それでは、今後もおふたりのように海外に目を向け、貴重な経験を積む人が、1人でも多く明星学苑から現れるように、後輩たちへのメッセージをお願いします。
松島 「国際理解」というと大げさに感じますが、突き詰めると身近な一人ひとりとのコミュニケーションの積み重ねだと思います。何事にも積極的にチャレンジしてほしいです。
庄司 現地では楽しいこと、つらいこと、さまざまな経験をしましたが、異国での暮らしには、その国の文化を受け入れる覚悟が必要だと実感しました。「日本はこうだから」と言い訳ばかりでは何も学べません。まずは、その国、人、文化をすべて受け入れることから始めると、少し気が楽になると思います。
松島 海外生活では「何故こんな考え方をするの?」「何故こんなものを食べるの?」といった疑問がいくつもあります。いちいち悩んでいては前に進めません。その都度、“自分の知らなかった文化が手に入った”と考えればいいと思います。
蔵多 思えば、明星学苑の礎を築かれた児玉九十先生は、大正12年の段階で「世界に貢献する人の育成」を教育の軸に掲げていました。まだ明治維新から間もない時代です。その後の戦争で英語が敵性語と呼ばれていた時期も、明星学苑では英語教育を実施していました。そういった歴史を持つ明星学苑において、今回のように海外で貴重な体験を重ねてきたおふたりは、「体験教育」を具現化する本当にすばらしいお手本だと思います。ぜひ、この貴重な体験を今後の自分自身の人生に生かしてください。私も楽しみにしています。