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学校法人 明星学苑

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明星学苑報WEB版

 

蔵多 本日はお忙しいなか、お集まりいただきありがとうございます。

関口・山崎 よろしくお願いします。

蔵多 早いもので震災から一年が過ぎました。甚大な被害はもちろん、その他にはさまざまな問題も顕在化し、私たちはこれからの日本を本当の意味で考えなければならない時期に直面しています。福島という視点で見れば、地震や津波の被害に加えて原発の影響も受けるなか、お二人は本当にご苦労されたことと思います。震災直後を振り返ってみて、当時の様子はいかがでしたでしょうか。

関口 大講堂の天井がはがれ、他の建物でも内壁に無数のひびが入りましたが、幸い被害は最小限でした。なんとか授業は続けられそうでした。

蔵多 そういう意味では、被害の大きかった地域に対して、いわきの大学として何ができるのか。そういった取り組みも求められたでしょう。

関口 そうですね。いわき市は、東北地方で仙台市に次いで2番目に人口の多い地域です。いわきの大学として、求められる役割は大きいと思います。

山崎 今回の震災で地域の復興のお手伝いができたのにはいくつか理由があると思います。

関口 いわき明星大学はキャンパスが広く、地盤も強固です。そういった安全な環境を提供していただいたいわき市に、いわき市から誘致された大学として、感謝しなければなりません。幸いだったのは、教職員一人ひとりに地域貢献への意識が共有されていたことです。

蔵多 キャンパス内に地域交流館もあり、ここ10年ほどは地域との交流にも積極的に取り組んできたという素地もありましたしね。

関口 そうですね。そして明星学苑法人本部の理解と協力があったことも、震災後の支援を迅速に進めることができた理由の一つです。震災から4日後には、支援物資を届けてもらったり。

山崎 あれには助けられましたね。それと物理的な支援はもちろん、いわき明星大学以外の方々にも支えられているんだと思うと勇気が出ました。

   

蔵多 学位記も東京(明星大学日野キャンパス)から卒業生へと送りましたね。

関口 そして大学を配送センターとした薬品メーカーによる物資支援も始まりました。3月25日には県教育委員会から被害の著しい湯本高校に施設を貸してもらえないかと打診があったので建築会社に掛け合い、4月上旬には体育館での対応を始めました。誰もができることはやる、そういう気持ちだったと思います。

山崎 夏は体育館では暑いので、最終的には講義室を使えるように大学側のカリキュラムを調整しました。湯本高校の生徒さんたちは900人以上もいますから(笑)。

蔵多 とはいえみなさんも被災しているには違いなかったでしょう。

山崎 実は3月11日の地震よりも、4月11日の地震の方が大きな揺れに襲われました。いわき市が震源地だったので。

関口 講堂の天井がほとんど崩れ落ちてしまいました。それでも5月14日には体育館で入学式を行い、16日からは前期の授業を再開し、遅れていた分はなんとか夏休みにリカバーしました。

 

蔵多 5月には楢葉町の災害対策本部も学内に設置されました。まさに復興支援の拠点になっていったわけですね。
  
関口 はい。町に活気を取り戻そうと、大学主催で「復興祭」などのイベントも開催しました。オープンキャンパスに合わせて、いわき市の小名浜港で水揚げされたサンマを地域の皆さまに振る舞ったり、学食で学生への無料提供も行ったりしました。

山崎 科学技術学部の先生による放射線量の測定も行いました。キャンパス内16ヶ所を測定し、ホームページで公開することで、地域の皆さまに少しでも安心してもらいたかったので。

蔵多 あの状況のなか、責任を持って情報公開する意義は大きかったでしょう。

関口 また、4月時点で放射性セシウムの測定が難しいというお話をいただき、それに対応可能な測定器を大学で購入しました。7月下旬の入荷後、今年の3月まで1,000件以上を測定しました。いわき市内の小・中学校のプールはすべて測定しました。

蔵多 それはすごいですね。ところで2010年度の学位記授与式は昨年10月頃でしたか。

関口 はい。卒業生から是非やってほしいという声が多数寄せられたこともあり、昨年の10月1日に「卒業を祝う会」という名で行いました。

蔵多 改めて節目の会を実施でき、感慨深いものがありました。そして、今年の卒業生の答辞には胸にひびくものがありましたね。大学生活を続けることができるのか弱気になった、という言葉に改めて彼らが抱えていた不安の大きさに気づかされました。震災はあまりに悲しい出来事でしたが、学生たちを強くしたことは間違いありません。必ずや乗り越えていってほしいですね。

 

山崎 そして行政とタイアップして10月に学内に復興事業センターを開設しました。これまでの取り組みを継続し、水や食品の放射線量の測定を行っています。加えて、水源の調査も行いました。井戸や山間部の沢の水源などを調査し、非常時に利用できるマップを作っていきました。結果的には地域のほとんどの水源は利用可能でした。

蔵多 なるほど。もちろん二度と起きて欲しくはありませんが、震災を経験したからこそ想定できた実践的な備えですね。

山崎 はい。本当に備えておくべきこと、実際に必要なことは何かを身を持って知りました。

蔵多 今後はどういった活動に力を入れていきたいとお考えですか?

山崎 心理学科とのフィールドワークです。いわき市からも要請があったのですが、被災した子どもたちのメンタルケアはとても重要です。子どもたちはいわきや福島、そして日本の未来を担っていますから。また本学キャンパスに今度新しくできる楢葉町の小学校の支援も検討しています。

関口 加えて、震災を風化させないために災害時の情報収集も行っていきたいと思いますね。行政やメディアが持っていないような記録を、当事者である被災者だからこそ持っていることもあると思いますので。

 

蔵多 どれも重要なことばかりですね。その他には、教育・人材輩出の機関としての取り組みは何かありますか?

関口 まだ具体的な計画とはなっていませんが、再生エネルギー教育や放射能に関する確かな教育を行っていきたいと思っています。未来を担う学生たちにそういった知識を与えていくのは意義深いと思います。

蔵多 そうですね。それはいわき明星大学に限らず、日本の大学全体のテーマかもしれませんね。

山崎 また環境エネルギーを基盤とした非常時に役立つ教育も必要だと思います。この4月から災害から復興を学ぶ科目を新設いたしました。もちろん単位取得の対象です。震災からの復興と同時進行で学んでいきます。

蔵多 そうですか。それは他の大学も興味を持つでしょう。今回のような震災はいつどこで起きるかわからないわけですからね。それは一般の方にも門戸が開かれているのですか?

関口 地域の皆さまにも参加していただけるように、いくつかの授業は聴講もできるようにと思っています。

蔵多 それはすばらしいですね。

   

関口 仮設住宅での生活もおそらくは長期化するでしょう。今後ますます生活や心のケアというのも求められてくるでしょう。まさに先ほど理事長がおっしゃったように、そういった授業を充実させて復興のプロセスに大きく貢献できるような人材をここいわき明星大学から輩出させていきたいですね。

蔵多 今回の震災で、いわき明星大学が震災直後から主体的にさまざまな取り組みを行ったことの地域への貢献度はとても高いと思います。

山崎 私も同感です。あの当時は自治体にも混乱が見られましたから、指示を待っている余裕などありませんでした。

蔵多 自治体を動かした側面もあるかもしれませんね。

関口 一方で、放射能の問題は依然としてこの地域には重くのしかかっています。建造物などは直すことができますが、風評被害はそうもいきません。だからこそいわき明星大学でしかできない教育の提供をしていかなければならないと感じています。

蔵多 たとえば、今いわきに新しく大学をつくるとしたら、どんな大学になるのか、そこにこれからのいわき明星大学の未来があり、すべてのスタートになるのではないかと思います。

関口 そうですね。今回の東日本大震災・東京電力第一原発事故の最先端に位置する本学にしかできない教育・研究活動を通して、新しい形の大学を作っていくことも可能であると考えています。

蔵多 そして地元いわき市との関係も大切です。地元と深く関わることで、何が求められているかということが見えてくるでしょう。そこに存在価値があるはずです。

山崎 福島の教育レベルそのものをより高めていくという視点も必要かもしれません。たとえば高等学校の教育に向けての支援活動や、小・中学校へも科学教育などのプログラムを提供してはどうかと思っています。

関口 地域への良質な教員の輩出というのもあると思います。復興はもちろんですが、教育の面からもいわき(市)を盛り上げていく人材をいわき(明星大学)から産み出していくという貢献の方法もあると考えます。

蔵多 いわきという地域をこれからもずっと住み続けたいと思えるような故郷にしていく。それが地元の大学としての最大の役割なのかもしれませんね。

関口・山崎 まさにそうですね。これからも頑張っていきます。

蔵多 一緒に頑張っていきましょう。本日はありがとうございました。